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2010年07月24日

政治家個人と国家戦略

政治家は自分をよく見られたいと思うのであるが、
それが特定層に絞られている場合がほとんどだと思う。
誰が喜ぶんだ?と思う事を堂々といっていたりする。

「郵便職員の正規雇用化」
郵便料金があがってもいいのか。
コスト増で郵便局が減ってもいいのか。
非正規の柔軟性が労使ともにいい場合もある。パートなど。

「最低でも県外」
基地県外を訴えるはいいが、
対する安全保障弱体の懸念には答えがない。
自衛隊強化するか?といえばNoを突きつける。
じゃあなにがしたいの?
中国が近い沖縄という地の防衛力を取り上げます。という言いかえができるが、沖縄県民はいいの?

「当時の工作員を別荘に招待します」
日本で何かわかるの?
韓国で話していないことが何かあるの?
だとしたら喋っても帰れるの?
帰れなくなると相手方からいろいろ言われるよ?大変だよ?

横田夫妻と合わせてどうするの?
そりゃ蓮池さんも怒るよね?(彼は家族会から出てる)。
新事実がマスコミ注視の中で語られるわけ?
政治主導?
官僚がこんなことするの?躊躇って文字だって書けるんだろ?


雑多に疑問を並べてもこんなにある。
関心を持っても仕方ないのだけど、
こんなこと許されていいのだろうか。
外交ってのは個人じゃどうしようもない。
政治・国家に期待するのはそこなのにだ。
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個人的な心情により
「困っているから助けてあげよう」というのは大変結構である。
それをもって「思いやりがある人だ」というイメージが欲しいだとか
「俺は立派なことをしているんだとか」という打算で動いているようでならない。
打算が国民全体を向いていればいいが、特定層では困るのだ。


たとえば
「○○への賠償については?」と記者の質問があったとする。
イメージを損ないたくないという思いが強い余り、
本質から遠ざかったり、国家として認めてこなかったことを覆して見せたりする。

戦時下における行動を日常の法律に照らし合わてはいけない。
事実関係がわからないが「被害があった」といってきているから認めてあげていまうのはどうかしてる。


posted by tomoyuki at 11:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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